【本】僕には塔が見えるだろうか 中村文則『掏摸』
あらすじ
第4回大江健三郎賞受賞作である、中村文則の掏摸(スリ)を読んだ。
中村さんの本を読んだのは初めてで、そもそもミステリーなのかサスペンスなのかそんなことすら分からず読み始めた。カテゴリわけすることに特に意味は感じないが、少しエンタメ色の強い純文学といったところだろうか。純文学が何かよく分かってないけど。
簡単なあらすじとしては、主人公の「僕」は天才スリ師であり、基本的には裕福そうな人間から財布を掏ることによって生計を立てている。
過去に石川という男と一緒にスリの仕事をしていたことがあったが、石川は、所属していた組織のボスである木崎に殺されてしまう。木崎は闇社会の人間の中でもかなり力を持っている、めっちゃヤバイ奴である。
ほとぼりを冷ますため、「僕」は東京から抜け出すが、また東京に戻ってくる。そして、持ち前のテクニックでスリを続けるのだが、木崎に見つかってしまい、理不尽な仕事を頼まれる。失敗すれば死が待っていると脅され、仕方なく仕事を引き受けるのだが――。
大雑把に言えばこんな感じの話なのだが、なにがびっくりってあらすじまとめるのへたくそだな俺。ま、初投稿だしね。こんなもんだよね。ほんとはもっといろいろあるんだよ。
塔とはなんだろうか
この小説は、塔で始まり塔で終わると言っても過言ではない。まずは冒頭の部分。
遠くには、いつも塔があった。霧におおわれ、輪郭だけが浮かび上がる。古い白昼夢のような塔。だが、今の僕には、そのような失敗をすることはない。当然のことながら、塔も見えない。(第1章より)
そして、最後の場面がこうである。
隙間の外の、さらに向こうの霞む領域に、塔が見えた。高く遠く、それはただ立ち続けていた。(第18章より)
途中でも、何度も塔は登場してくる。
さすがの俺も、これが本当にただの塔を描写しているのでは無いと分かる。では、一体何を表しているのだろうか。正直ぜんぜんわからんちん。
最初は、罪悪感とか羞恥心の象徴なのかと思った。子供の時は見えていたけど、経験をつんだ今は見えなくなってしまったから。しかし、「僕」は少年時代を振り返り、こんなことを言っている。
店に入り、おにぎりを小さいポケットに入れた。他人のものは、自分の手の中で、異物として重たかった。だが僕はその行為に、罪も悪も感じなかった。(第16章より)
なんて子供……!これは将来大物になりますぜ。実際になったんだけども。
鍵は木崎?(ネタバレあり)
あらすじには書かなかったが、この作品には他にも、スーパーで万引きを繰り返す小学生男子や、それを命令する売春婦の母親など、なかなかどうして全員悪い奴らばっかりなのだ。ストーリーだけではなく、登場人物も悪なのだ。
しかしやはり一番は木崎だろう。国を動かしている主要人物を躊躇無く殺したりするし、主人公に超理不尽な仕事をさせておいて、できなきゃ殺すとか言っちゃうし。ていうか、できても殺そうとするし。そんな強烈な木崎だが、一番印象に残るのはやはり運命について言及したところだろう。最後に木崎が主人公を刺した後に言う言葉。
「(略)お前は、運命を信じるか?お前の運命は、俺が握っていたのか、それとも、俺に握られることが、お前の運命だったのか。だが、そもそも、それは同じことだと思わんか?」(第18章より)
ひえー。すごいこと仰る。ちなみに、ここでのお前とは主人公のこと。つまり、主人公に対して、お前の運命は俺が握っているんだ、俺はお前の神なのだ、くらいのことを言っているような場面。
木崎は主人公は死んだと思い込み、その場を後にする。しかし、そこは主人公、ただでは死なない。最後の最後、無意識のうちに(恐らく)木崎から500円玉を掏った。通行人に気付いてもらうため、その血まみれ500円を道路に投げ込もうとするまさにそのとき、塔が目に入る(2番目の引用)。結局通行人に届いたのか、届かなかったのか、それははっきりとは語られていない、インセプション的終わり方。
個人的には、主人公は助かったのではないかと思う。というのも、木崎という運命からズレることができたから、塔がまた見えたのではないかと思うからだ。つまり、塔とは、木崎よりもさらに大きな、言うならば本物の運命、みたいなものだと考えた。
最後に
初めての投稿にしては、難しい本を選んでしまったかもしれない。ものすごく浅くて適当なこと言ってんだろうなあ、ってのは自分でも分かるが、まあ多分誰が読むってわけでもないし、ちょっとでも自分なりに整理できてればいいか、なんて。続編的位置づけの「王国」という本が出ているらしい。読まねば。